
【天下り規制について思うこと】
こんにちは! 一柳です。
皆さんゴールデンウィークはいかがでしたか?
昨日以外は、天気も良く行楽日和でしたね。
最近、国家公務員の天下りに関する記事を目にしますが、一柳の経験談から一言。
自分が、通産省の会計課長のとき(1992年)、政府の予算案作成の過程で、これからの公的投資は、道路や港湾等の伝統的な社会資本よりも、研究開発や環境、福祉等の“新社会資本”を促進する必要のあることを関係省の会計課長に説得して廻ったことがあります。
その際、大蔵省の主計局総務課長から「一柳、そんなことをすると血をみるぞ!」と注意されました。
理由は、「特に技官の世界は、“独立王国”で、業界・政治家・官僚が強固な鉄の 形を築いているからだ。」と。
実際、各省会計課長もこちらの主張の趣旨は理解しそうな表情をみせるが、現実は、「『通産省の会計課長が不穏な動きをしている。厳重に抗議しろ』と言われているので講義する。」という人もいました。
大臣も巻き込んでようやく“新社会資本”関連の政策が実現したが、人間は自分の生涯の面倒をみてくれる組織に忠誠心を持つことを知りました。
官庁の縦割りの弊害体質も、「局あて省なし。省あって国なし。」とよくいわれるのも、この辺からきていると思います。
天下り問題もこの視点を踏まえて対応しなくてはいけないと思います。
自分は、色々な思いから、天下りせず、7年前に秘書と二人でベンチャー会社を起こしたが、役人の肩書きがなくなってただの個人商店のオッサンになると会ってくれる人も少なくなった。
30年間も役人をやっていた人間が、民間のビジネスの世界で売上を実現することは想像以上に大変だった。今は、やっと会社も安定して、会ってくれる人も増え、最近では、現役の後輩官僚やOBも訪問してくるようになった。
彼らからは、
「どうすれば、会社経営ができるのか?」
「どうすれば、コンサルビジネスが出来るのか?」
とよく相談される。
天下りの先行きが暗くなってきたのか、それとも自分の1回きりの人生を、自分に正直に生きようとするようになってきたからなのか?
自分に相談に来た人に必ずいうことがある。
「組織の肩書きをはずして、自分の名前だけで仕事ができますか?」
「いただく報酬を考えるとき、自分のValueは、いったいいくらだと思いますか?」と。
人生の価値観をきちんと持ち、退路を断つ覚悟のある人以外には、自分のやった辛い、厳しい(実は、大変楽しい面もあるが)道を選択することは、お勧めしないことにしています。
「お客様を喜ばせること」が、繁盛店の鉄則!
今回は、株式会社ワイズクルー・コーポレーションの山川社長をご紹介します。
山川さんは、関西を拠点に飲食店を5店舗を展開し、2005年より東京に3店舗を出店。また、2002年には株式会社ダイニングセッションを設立し、飲食業界の若手経営者とともに、飲食業界の活性化に向け、さまざまな取り組み(後述)をしています。
山川さんは、学生時代は体操部の主将。そして、スポーツクラブのインストラクターをやっていたというスポーツマン。その後、転機が訪れ、飲食業界に飛び込む。1995年1月、「茶りんこ」というFC加盟店である居酒屋に勤務することになり、調理3年(メニュー100種類以上)、店舗マネジメント、バーテンを経験し店長に。そして当時、月商200万円のお店を、1年半で500万円に拡大し、「儲かる飲食店のコツ」「チェーンオペレーション」などの飲食店経営のノウハウを学んだ。
1998年には、「茶りんこ」のFC本部が倒産。その後の1999年3月、「茶りんこ」を買い取って、残った従業員と共に内外装やメニューなどを改良。アメリカンスタイルの居酒屋バー「C-style」をリニューアルオープンする。
「C-style」では、サービス(100%接客)重視で、店長の名刺をお客様全員に配りコミュニケーションを充実。悪いところは毎日変えていき、ただの居酒屋からの脱却を目指した。お客様の生の声を聞いて、メニュー、オペレーションの見直しを図り、それを実現に向けて創意工夫に注力。カラオケ、イベント(クラブイベント、イタリアンフェア、占いナイト・・・)など、日々、新しいことにチャレンジし続けた。
カクテルの種類の多さ(300種類~)や低価格化(380円~)も実現。居酒屋でありながら、お客様の目の前でシェーカーを振り、その場でカクテルを提供するパフォーマンスがウケ、地元では人気の評判店となった。
繁盛店のノウハウを生かして、店舗プロデュース事業へ
1999年10月、知人からの依頼を受け、「心斎橋じん平」の店舗プロデュースを行う。
初期の「心斎橋じん平」は、鉄板焼きのどんぶり専門店として営業していたが、あの狂牛病等の影響により、売り上げが低下。そして、追い討ちをかけるようにその依頼者である知人が、突然の失踪。
それを機に、建て直しを図るべくメニューにラーメンを投入。結果、当初の計画通り、単品でなく丼とラーメンのセット販売がお客様の支持を得て、単価が上がり売上拡大。また、オペレーションの均一化により、コストダウンを図ることに成功。この時の経験により、売り上げサイズが小さいお店でも、収益が見込める店舗オペレーションを構築。こうして、飲食業界でお店を持って独立したい人々のための、小資本でお店を開業できるシステムの開発をはかる。
いつも「お客様が予想する以上の感動を与えたい」が口グセです!
2004年6月、新たな業態開発の案件が持ち込まれ事業化に取り組むことに。株式会社ひょうたんやと出会い、事業がスタートする。半年も経たない11月には、大阪の四ツ橋で、「京都烏丸つゆしゃぶCHIRIRI」大阪新町店の開業にこぎ着ける早業をやってのける。そして、2006年の1月には東京へ進出し、「京都烏丸つゆしゃぶCHIRIRI」東京汐留店と同時にバーやサロンなど3店舗を同時期に立て続けに出店。
また、2005年夏に大阪・アメリカ村に出店した「香港トマトラーメン 杏仁豆腐カフェ」が話題になるなど、常に飲食業界のトレンドリーダー的な存在として活躍しています。
飲食業界での成功の鍵は「人がすべて」といい、いつも「お客様が予想する以上の感動を与えたい」とスタッフや関係者のみならず、業界を超えて語り続けている。
飲食ベンチャーを相互支援するダイニングセッション設立
山川さんは、自分のお店の展開のみならず、飲食業界の若手経営者とともに業界を盛り上げていき、業界の活性化に寄与したいという想いから、2003年 12月に10店舗程度を経営する飲食ベンチャーを支援する会社「株式会社ダイニングセッション」を設立。参加を希望する飲食店オーナーとは、ダイニングセッション幹部のスタッフが直接面接を行い、参加の可否を決定。数よりもオーナーの飲食に対する想いや考え方を重視。
活動の一例でいえば、2006年の1月に養護施設へ、出張料理を作るボランティアを開催。こういったダイニングセッションの理念を理解して頂けない、営利追求のみの飲食オーナーには、参加をお断りするという。
飲食業界で働く人々に次のステップを目指してほしい! なぜ飲食業界に携わり始めたのかと聞くと、山川さんは昔の苦い経験を語ってくれた。
「丼の専門店"じん平"というお店のオーナーから運営委託の話があり、それを受けることにしました。仕入れ代金などは、オーナーが支払うことになっていました。最初は顔を出していたオーナーがまったく来なくなり、夜逃げしてしまいました。
オーナーが何カ月も滞納した家賃・仕入れ代金・高利貸しから借りた借金などの取立てが押し寄せ、大変な事態に。店には支払い義務はないことを説明、債務者の方へはなんとか説得してあきらめてもらいました。しかし、家賃や一部の業者への支払いが溜まっていたので営業停止に追い込まれる寸前になりました」
大家さんと業者には分割で支払いをすることで、何とか営業を継続できることとなる。ところが山川さんの苦労はこれだけではない。お店をオープンするも売り上げ低迷のため1年以内に閉店させてしまった経験も、残った借金を支払うために高利貸しからお金を借り、少しづつ返済しながら、低金利ローンへ借り換えにこぎつけ、辛くも難を逃れた経験もある。
飲食業で起業して、すべてが上手くいったわけではなく、本当に苦しい時代も経験する。
「今まで失敗もたくさん経験しているので、そういった時にいろいろなことを相談できる場が欲しかった。自分が苦しかった時期に、こんな会社や場があればいいな」と思っていたこと。また、「飲食業の店長さんや調理スタッフは、厨房で鍋をふりながらこのままこれで終わってしまうのだろうか、と不安になると思うんです。だから僕はオーナーとして、従業員に次のステージを見せてあげたいのです」という。
山川さんは、ダイニングセッションを通じてさまざまなオーナーと、何度も話し合った。多くのオーナーが山川さんと同じような悩みを抱え、本音を語ってくれたことに、手ごたえを感じたという。
「小さな飲食店が集まることによって、何かを始めることができる。そこから派生する、多くのこれからに期待しているんです」と、志高く、熱い想いを語ってくれた。
会社概要
株式会社 ワイズクルー・コーポレーション
所在地:兵庫県川西市中央町3-3 中央ビル2F
設立年月:2001年3月
資本金:1100万円
従業員数:約80名
URL:http://www.ys-crew.com/

先月は年明けからずいぶん経営者のお詫び会見を見た気がします。
一方、宮崎では東国原新知事の誕生と、何やら波乱の兆しがします。
あと11ヶ月、平穏に過ぎればいいのだけれど・・・。
ま、「愚直に」「ウソをつかない」をモットーに生きていれば、いいこともあるでしょう、きっと。